//Fumika Abe

Fumika Abe

Profile
1991年生まれ。IT企業にて、2年間ウェブマガジンのエディターを経験し、現在は東京と地元の新潟を行き来しながらフリーランスライター・エディターとして活動。ファッション、ビューティ、ライフスタイルなど幅広い企画を担当。

阿部芙美香さんの”マイストーリー”とは?

クリエイティブな仕事をしているクリエイターやアーティスト。現在の生き方に至るまでの原点やターニングポイントはどのようなものなのでしょうか。

山の麓で生まれ、青山に上京。ビューティ・ファッションの道へ

もののけ姫になりたかった幼少期。初めて映画館で見た映画だったし、新潟では山の麓に住んでいたこともあって、山に住んで山犬とともに過ごす主人公に強く憧れた思い出が…… その後は、本を読むのも作文を書くのも好きだったので小説家になりたいと思ったこともあります。青山学院女子短期大学に入学したことで東京に上京し、外国語学科だったことから英語が話せる就職先を探しました。

2015年11月から美容通販会社の海外事業部で働き始めました。最初はアルバイトでしたが、グローバルなビューティ系の展示会やOEMの問い合わせなど幅広く応対していました。2016年2月に転職し、ファッションアプリGINIにてアパレルのデザインから実店舗、ECラインの運営に携わります。動画で見ながら服が買えるという、当時新しいアプリの発足メンバーでした。自身でデザインしたアイテムの他、ALEXIA STAMとのコラボレーション、卸での委託販売、韓国で買い付けたアイテムなどを扱っていました。

初めて作った、オリジナルブランドのネームタグ

突然の部署移動でエディターとしてのキャリアをスタート

その後、2016年10月にアプリがなくなったことで、同社のファッション動画マガジンMINEの編集部にエディターとして所属することに。物書きになるという過去の夢が、ここで繋がって嬉しかったですね。実際は、動画コンテンツの企画から撮影、記事入稿まで担当していました。そして2018年9月に、家庭の事情で新潟と東京の2拠点で生活することを決意し、フリーランスに転向。

新潟に戻るタイミングでフリーランスに転向

フリーランスになった最初の月の給料は、3万円でした……。実家に戻っていたこともあったので、仕事をセーブしてたんですが、かなり焦りました。プライオリティは新潟というスタンスは変えずに、在宅でできることを必死に考え、新規でライターの面接を受けたり、今携わってる仕事も、月の本数を決めて計画的にスケジュールを見直しました。

東京との2拠点でバランスをとりながら各メディアで活動

2019年3月からは、レディース雑誌のWeb版でのライティングを始め、その他、ファッション転職サイトのクリエイティブを担当したり、ビーチにまつわる情報を発信するWebメディアでも執筆しています。

撮影時オフショット

某Webメディアの取材で星野リゾートに行ったんですが、都会の喧騒から離れるという行為は性に合ってるというか、すごくいい経験になって、機会があれば旅記事もまた書きたいです!

気づいたらあれこれやっていて「やりくり大変じゃない?」と言われることもあるけど、いろいろな媒体に携わるのは、気分転換になる。今目の前にある記事に詰まったら、他の企画に取り掛かったり、バランスよくできてるような気がします。

取材で訪れたGREENROOM FESTIVAL

自分らしい表現を求めてインプットの日々

頼まれたものに対し書く、というより、企画から参画して完成まで見届けるような仕事をしていきたいですね。今携わってる案件で、小道具の買い付けをしているときはとってもハッピーな気分になるし、PROPスタイリストとしても仕事の幅を広げていけたらなと思っています!
また、今はその媒体の仕様に沿った手法で書いているけれど、ライターとしての自分の色も出せたらなと思ってます。「この文章、Fumikaっぽいね」って伝わるようなエディトリアルを目指したいです。

Fashion Editor/Art Curator/Bar Hopper ファッションをとりまくカルチャー全般が好き。ちょっとしたStylingは自分で組みます。座右の銘は「もつべきものは友、のむべきものは酒」。代表作はひとり酒をテーマにした「酒と街とマスターと女」連載。平日BARハシゴ、週末ARTギャラリーハシゴの日々。好奇心旺盛で人見知りをしないので、センスのある人に積極的にインタビューしていきたいです。 instagram:@00candyvoice00